• 2017.05.12 Friday
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お店は終わりましたが、もう少しの間書き込みはしていこうと思います。そしてどこか新しい場所で書いていこうと思います。
盆踊りをよく見かけるので少し
あの踊りの中心にあるものはなんなのかと考えることがある。皆が輪を作り同じ踊りを同じ速さで踊り何を中心となし、何を迎え入れ、何を表現するのか
料理も自由や表現といってしまえば収まる仕組みの中にみんながいるのだけれども、その中心なき食にあまり魅力や未来を感じない。
今年は忙しくて踊れそうもないけど、中心にいる貴方にいつも食の方に力を貸していただけないかと思いを馳せています
食の中心、ぼんやりとしたものだけれども大切なことではないかと思います。
一物全体、身土不二とい言葉も貴方作られたのではと
届かない質問をいつもしています。

最近考えていること
やっぱり日本料理はすごい
今の価値ではわかりづらいのだけれども

世界最大の都市でしぜんとの共生、自然循環システムが機能しながらも、食文化が大きく膨らみ華やかになり、また膨らみすぎ自然との循環システムこ壊さない程度にみんなが知っていたのか知らずか江戸時代にはバランスがとれていた。

生類憐みの令、鎖国、水が豊富にあったこと、それだけではないのですが世界に類を見ないような気がします

循環システムは自給率とは少し違い、人口密度の小さい国が大きな農業をするのとは少し違う。

産業革命くらいからそのシステムはどこの国も大きくかわっていくきがするのだけれど、どうも日本もその類になってしまい料理に核というものがなくなっていっている気がする。

僕が敬意をはらい、習いたかった精進料理でさえ世界の注目に踊らされている気がします。

そして人は何かしらの核を求め美味しい、健康だけではないマクロビオティックやスピリチャル的なものに流れていっているのでないかと思います。

それが悪ではないのですが、野菜が好きになり、お客様から与えられる課題のようなものが美味しいだけでではなく、そいうことへ僕を連れて行きのだろうと思います。

民俗学や民芸などのように、大正・昭和の時代に、国が開いて世界の人々に日本とはとの説明のためや、流されすぎないための杭を打つための学問が食には乏しく、

例えれば大工という仕事を学ばず家を建ててしまい、
いつか崩れるのではないかと心配をしなければいけない建物のようなイメージがいまの日本の料理にはあるような気がします。

日本人の気質なのか器用さなのか美味しいという価値には日本の近代化のようなスピードで進んだなか、次にするべきことは民俗学や民芸のように日本人のが何を食べてきたかだけではなく、その中にある様々な宗教性、文化的な影響、自然的影響など複合的に考え解体し言葉にしていかなければいけないのではないかと思います。

日本料理、日本の食の大学がつくられるのが僕の常の願いです。

手を合わせるという毎日の作法的な日本の食事形態には目の前の命だけではなく、先祖から引き継ぐ自然循環システムの類の精度を高めてきたことや、自分をわきまえ食べないと人のものがなくなってしまうというような祈り、思想のようなものがあるのではないかと
僕の日本の食への想いは膨らみすぎています。

こういう事が学問になりもう一度、多面的に食、命というものの捉え方が変われば美味しいという価値の上をいくものができるのではないかと思います。

おお店を構えて8年、答えのない厄介なものに興味を示す年齢になってしまいました。

僕が思うには食の中に神のようなものがいるのであれば、人と人の戒律を示すような神と、遠い先祖が祖霊という神になるようのもの、人を包み込むような自然を神とするその考え方がを程よくあい混ざったのが、魅力的な日本の食にしたてたのではないかとおもいます。

御御御付け(おみおつけ)、このような漢字があるように食には、感謝、敬意、戒律ののようなしくみが組み込まれそれを祈り続けてきたのではと僕なりの解釈ですが長々と書かせていただきました。

今日も御御御付けをいただきます。


やなが









最近はよく煮付けをお出しします
今日は休みなので自宅で

豆腐を入れるのは一番最初に修業した
店の癖です

合うお酒は
お酒は弁天娘か竹鶴をおすすめしています





京都産筍

こんなに白いの見たことありますか?

白子筍と言って高級品です

味も一級品で甘みあり

その年の一番味ののる頃はとうもろこしみたいと言われます。







高菜漬けは自家製です。

赤いカブが酢に漬けると赤くなるように

赤みのあるからし菜は自分で発酵しその乳酸でつけ汁を赤く染めます。







アケビの新芽です。

蕗味噌のように味噌に仕立てました。

食事の時に言っていただければお出しします。

普段は炊き込みご飯なのであまり味噌はおだししてません。





少し冷え込みましたが春はちゃんとやってきています。



今年は例年にないくらい筍の味が濃いです。



お楽しみに





やなが

今回はたくさん収穫ありです

朝6時に行った、下津井の市場では兄ちゃん遅いよ、と言われ失敗でしたが

後日の2時の市場では
黒メバル、ガザエビ、ママカリを手に入れました。

新幹線で輸送中です。

明日よりコースの中に入れていきます。


前日に漁師の島へ渡りたくさん見れたこともあり、東京と違い、漁師が釣りをしてすぐのものなので鮮度なのですが、それだけではない、力強さや、美しさや、自分の奥底に眠っている手が届かなかった部分に触れられた感じがしました。


その前日は市場に届く前の漁師の島へ

普通の人は入れない櫃石島という、岡山から瀬戸大橋に乗り最初の島です。

後日、知ったのですが下津井の魚はほぼここの櫃石島からやってきます。

東京にいるとこういう事に触れることも考えることも少ないのですが、時には優しく母のように、時には荒ぶる鬼のようにしせいを変える自然にはただ魚を採るという作業ではなくて、付き合う姿勢や、付き合っていく姿勢が必要になるということを強く感じます。

そういうたぐいの場所には、あふれる何かがあり、時を長く感じさせる空間があります。

そういうものが、食の全体のバランスを整え、食生活習慣病のようなものを治すきなヒントになるような気がします。



櫃石島から徒歩で渡る歩渡島のその何かが見てきたものは今、科学で見えるようになったたくさんのことより壮大で
一生の間に食の中のその何かに触れられたらと想いを馳せ、料理人としての杭のようなものをずっと打ち続けています。


食を志す誰かの何かの参考にでもなればと
ほんのおせっかいのひとりごとです。

潤菜どうしん  矢長謙三





 

ついつい

こういう野菜があると手を出してしまいます。

伝統品種や在来種

過去からやってくるものには何か大きな言葉にならない意味があるとおもい

むりやり言葉にしようとして頭の中がパンクします。

そして野菜を食べて回復します

それの繰り返しです。

魚沼の在来種です。

やなが

日本海は禁漁になりましたが

北海道はまだ漁をしてもいいみたいです。

ある間は少しコースに入ります。



やなが

ねぎま鍋、等のご注文もお受けできます。
江戸の料理ですが、どうしんで作ると
どうしん風になります。

うちのお店を知らない方には京風から
かつお出汁を除いたと思っていただければ

まぐろは国産生(熊本産)


マグロも良い出汁がでますよ

今日も一日お疲れ様でした。
明日はお休みをいただきます。


また、火曜日から料理に励みます。

やなが

このごろこの言葉に縛られ過ぎないように気をつけています。
少しだけ殻を破ってみてます。

抽象的ですみません

でも、今月はどうしんらしく漆の器多目です

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